吉野さんなどの俳優が他分野で活躍する理由

俳優である吉野勝秀さんに聞いた

最近は俳優さんが他分野で活躍することが増えているという事がありますが、その背景にはそれだけ個人も成果が求められる時代になってきたという事と、それだけ情報を発信すること事が出来る人が増えているという事があります。
つまり、俳優さんが映画や舞台だけをしていて人気を維持できる時代ではなくなったという事が言えるという事があると考えられます。

ですから俳優業だけではなく、さまざまな事をすることが求められるようになっていて、一つの事だけで全てをなせるという時代ではなくなったという事が考えられます。

俳優さんにもマルチな才能が求められるようになっていて、それに応えた人が登場してくるようになっているので、他分野でも活躍することが出来るというわけです。

俳優というとこれまでは演技をする仕事というように考えられていたので、演技を専門とする専門職のように考えられていましたが、これからはメディアに登場してさまざまな広告をすることが出来る人が求められるという事が言えるのかもしれません。

演技もある程度熟達してしまうと、素人目にはどれだけ凄い演技なのかは分からない事になってしまいます。
スポーツのような競技であれば、その技術の高さというのは記録や勝ち星などで証明していく事が出来るのですが、演技という事になるとその技術の高さを証明することは出来ませんから、これを誇ってもどうしようもないというわけです。

それで稼ぐことが出来るわけでは無いわけですから、メディアに出ることで後はいかに多くの人の注目を浴びるのかという事が死語という事になります。
つまり、仕事は演技というのではなく演技を含めたメディアを利用しての情報発信だと考えれば、仕事が多様化しているという事も理解が出来るようになるはずです。

それだけ多くの人が注目をしてくれれば映画も舞台も注目をしてもらえるわけで、観客も増えて人気を獲得することが出来るようにもなります。

メディア戦略というものがとてつもなく重要になった

最近はネットという個人でも情報発信をすることが出来るツールが登場した事で、こうしたメディア戦略というものがとてつもなく重要になったという事が言えるでしょう。

なぜかというと昔のように作れば見られるという時代ではなくなったという事になるからです。
昔は選択肢そのものが少ないですから作れば売れるという事が言えました。
ですからそれを専門とする人が暮らしていく事も出来たわけです。

ですが今の時代にそのような事は通用しません。
演じるだけでは注目されることもありませんから、いかにメディアに露出して自分たちのしていることを宣伝するのかという事が大きなカギともなってきたわけです。

メディアというのはある意味では残酷で作品の質についてはほとんど興味がありません。
人々が興味を持っているかどうかだけに興味があるのであって、人々が興味を持っている事についてのみ、評価するという事になっています。

つまり、順序が逆になっているという事を考えなればならなくなったわけです。
これが昔と今の大きな違いという事になります。

昔は人々の興味を持つような作品を作るというのが仕事だった人達が、人々が既に興味を持っていることについて作品を作るという事に変わってきたわけです。

そうしなければメディアは紹介することもしません。
作品の質というものに関心を持たれなくなったわけです。

そのため、人気シリーズの二作目、三作目がどんどんと人気となる一方で新作は有名監督とか有名な俳優さんや女優さんが出ているなどの事でもない限りは目もくれないという事になっています。

タレントと言われるような人がして来たことを個人もするようになってきた

ただ、この傾向については大手メディアについては言えるという事であって、個人で情報発信をしているような人達はこれをチャンスとして自分たちだけでさまざまな情報発信をするような事もしています。

自分たちで自作の映画や動画といったものを制作してこれを配信するという事もしている人もいますし、自分が宣伝タレントのようになってさまざまな商品のレビューを動画にして発信するというような事もするようになりました。

つまり、これまではタレントと言われるような人がして来たことを個人もするようになってきたのです。
そのためこれまでのタレントはメディアによるか、個人のネット側に寄るのかという二択に選択肢が分かれてきたという事も言えるのかもしれません。

メディアの側に寄れば、マルチな才能を要求されて宣伝部長のような意味合いでさまざまな広告塔として使われるということになり、個人の側に行けば自分で全てをするという事で、情報発信をするという事をするようになりました。

これは、選択が良い悪いというような事ではなく、どちらを選択するのかという選択の結果によるだけのものという事がいえるでしょう。
文系を選択すれば文系の仕事をすることになり、理系を選択すれば理系の仕事をするようになるというだけのことで、選択が良い悪いという事ではなく、その人が選択を自由に選べばよいというだけです。

 

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吉野勝秀