中日の山本昌選手は凄い

50歳まで現役だった山本昌選手

中日の山本昌選手は、50歳まで現役を投手として勤め引退をしました。

ドラフトは5位とあまり目立ちませんでしたが、中日のエースとして最多勝3度、最優秀防御率一度、最多奪三振一度、ベストナイン2度、優勝した1994年には沢村賞、2006年には史上最年長でのノーヒットノーランを達成、2008年には200勝を達成してる。

山本昌選手は凄いとしか言いようがありません。

通算勝利は219勝、プロ在籍32年間、彼が初勝利をした年は1988年で青函トンネル開通、瀬戸大橋開通、ソウルオリンピックなど教科書に載ってる時代のことです。

たしか、まだベルリンの壁があった時です、山本昌さんは大の競馬好き先日の皐月賞のイベントにゲスト出演して皆を驚かせました。

一口馬主として馬好きを現役時代からみんなに公言していて武豊騎手との交流は特に有名、将来本格的に佐々木元選手のように馬主になるかもしれません。

ところでなぜ山本昌がそこまで野球が出来たのだろうか、普通の選手は長くても40歳前後で引退してるのに、彼の腕は90度ぐらいしか曲がりません、完全に真っすぐに伸ばせないのです。

最大の危機は40歳の時,何と肘が骨折したのです、その時、肘は悲鳴をあげて変形した部分が骨折したのを見て驚いたことに彼はそのまま痛みをこらえて投球したのです。

投げるたびに激痛、脂汗をかきながら投げていたのです。

その時は阪神と優勝争いをしていてどうしても投げたかったと本人は述べてます。

その結果、その試合は勝利をしてその年はリーグ優勝を中日はしたのです。

それを後で聞いたナインやファンは、みんな山本昌を称え男泣きをしたそうです。

星野監督とのエピソード

彼を語るに星野監督とのエピソードがあります、3-3の同点の時ホームランを打たれベンチにも戻ったら裏に連れていかれ鉄拳制裁5発までは覚えていたが、18発殴られたのです、さすがに頭にきて怒りを顔に出すとその顔で投げろとカツを入れられたのです。

本当に怖い監督で怒っても使ってくれて今では感謝してるとの事です。

車好きでも有名ですが、ランボルギーニを3500万円で購入、今購入したら2億円もするスーパーカーを持ってるのです。

ラジコンもプロ顔負けで日本チャンピオンを負かしたこともあるほどです。

何事もやると決めたらとことんやる、彼の性格を物語ってます。

彼は高校生活の時、2キロのダンベルで体を鍛えていたのです。

一つ決めた目標を何処までもこなしていく、だからこそ32年間もプロ生活を送ることが出来たと言えます。